大阪地方裁判所 昭和33年(タ)102号 判決 1960年6月23日
原告 A子
右訴訟代理人弁護士 東野丈夫
被告 B夫
主文
原告と被告とを離婚する。
被告は原告に対し、別紙物件目録記載の物件を引渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は主文第二項に限り仮りに執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
第一、離婚請求について。
真正な公文書と推定される甲第二号証(戸籍謄本)によれば原被告は昭和三二年一一月一四日婚姻の届出をなしたことが認められる。
次に証人<中略>の各証言、原、被告各本人訊問の結果、及び当事者間に争のない事実を綜合すると、次の事実を認定することができる。
一、婚姻に至るまでの経過
原告は岐阜県立中津高等女学校を卒業後、国立岐阜療養所の薬局に勤務していたものであり被告は関西大学専問部商科を卒業し、約三年間の結婚生活を経たのち先妻と離別し、その後は母や先妻の子などと同居の上大阪の会社に勤務していたものであるが、昭和三二年二月頃、原告の母の実弟Xが被告の戦友であつたところから、同人の仲介により原被告間に縁談が持ちあがり、同年三月頃大阪市の被告宅で見合をなし、その後互に文通や交際を重ねた結果、原告はその婚期が遅れていること(当時二七才)から、被告(当時三六才)が再婚である点や被告の家庭の事情なども十分考慮をした上で、被告と結婚することを決心するに至つた。
そこで原被告は、同年秋に挙式すべく結婚の準備を進めていたのであるが、同年一〇月下旬頃、被告が岐阜県の原告宅へ赴いて原告の失業保険の証書の交付を求めたり、原告方から仲人のY方へ原告の嫁入荷物を送り込む際にも、被告がわざわざY方まで出向いて種々指図をする等の行為をなしたので、原告は、被告のかような振舞を甚だ奇矯に感じて一旦は結婚を思い止まり、被告に対して婚約の破棄を申出たのであるが、周囲の説得もあつて、そのまま挙式の手筈を進めることとした。
二、婚姻後の経過
(一) かくして原被告は昭和三二年一一月三日挙式し、(同夜は京都市内の旅館で一泊し、(同夜は原告が月経中であつたため性交をしなかつた。)翌四日京都から熱海に向つたのであるが、被告はその車中、原告が先に婚約破毀を申出た件についてしきりに原告を追求した。そして同夜は熱海で一泊し(性交の点については後に判断する)更に翌五日は原告の所持金で沼津に一泊し、翌六日夜は原被告とも所持金が足らなかつたため名古屋駅の待合室で仮泊し、翌七日早朝大阪へ着き、夕方まで市内の旅館で休憩をしたのち同夜被告家へ帰宅した。
(二) その後原被告は、被告宅で被告の母と弟(関西大学々生)及び先妻の子と共に同居して結婚生活を始めたのであるが、被告は原告に給料を渡さず、日常の家計についても被告の母がこれを一切とりしきり、又原告と被告の家族との折合が必ずしも円満にゆかなかつたところから原告は後記の様な性生活上の苦痛、嫌悪や、原被告の性格の相違による不和不満もあつて、結婚生活の前途に不安を感じ、被告に実家へ帰りたい旨を申出たところ、被告はアパートを借りて原被告だけで別居してみることを提案し、同年一二月末頃原被告は市内のアパートの一室を借受け、当座の身廻品だけを持つて同所に引移つた。
(三) ところがアパートへ引越したのちも原被告の間柄は依然円満を欠き、原告の被告に対する不満と嫌悪感は次第に募るばかりとなり、原告としては到底そのまま結婚生活を続けてゆくことに堪え切れなかつたので、遂に被告と離婚することを決意し、昭和三三年一月八日頃、手紙で原告の父をアパートに呼寄せ、父を通じて被告に対し離婚の意思を申伝え、同月一〇日頃父と共に実家へ帰りその後は被告と別居を続けて現在に至つたものである。
以上の事実を認定することが出来る。原告は本訴において離婚を求める原因として、種々の事由を挙げているが、原告本人訊問の結果によれば、原告が離婚を決意するに至つた最大の理由は、性生活の苦痛にあることが認められ、一方被告は性生活についての原告の主張を全面的に否認しているので、この点について検討する。
証人≪中略≫の各証言、及び原告本人訊問の結果によれば、原告は新婚旅行に出発する際、前もつて被告から足が疲れるので靴を二足用意しておく様に言われていたため、余分に靴を一足持参して行つたのであるが、昭和三二年一一月五日熱海の旅館に到着後、被告はその靴を新聞紙に包んで部屋に持ち込んだ。そして初夜の性交の途中において、被告はその靴を取り出して布団の上で原告に穿かせ、電灯の明りの下で靴を穿いたまま性交に応じている原告の姿態を眺めつつ射精した。その後新婚生活に入つてからも、性交の際には必ず原告に靴を穿くことを要求し、原告が靴を下駄箱に蔵つておくと、何時の間にか被告がこれを箪司の中へ運んでおき、性欲が昂進して来る度にこれを取出して原告に穿かすことを常としていた。更に被告は、人並以上に性慾が強く、家に居るときは原告をその身辺から離さず、絶えず原告の体に接触し、昼夜を問わず一日に数回も性交を求めることがあつた。原告は性交の度毎に靴を穿かされるので、その度に甚だしい嫌悪感に襲われ、被告の執拗且つ異常な性行為のために、性生活について好感よりもむしろ深刻な苦痛を感じていたことが認められる。
被告は、右性行為についての原告の供述は全く虚構であると主張するが、原告が離婚の目的を遂げるために作為した虚構の主張としては、通常の女性の想像もし得ない余りにも異常な主張であり原告本人の当法廷における供述内容自体についてみても、その迫真性が十分認められるし、また新婚旅行の際原告が靴を二足持参したことは、被告も本人訊問でこれを認めているのであるから、原告の主張の真実性は充分確認できる。
したがつて、前記認定に反する被告本人訊問の結果は、たやすく措信することが出来ず、他に右認定を覆するに足る証拠もない。
そこで以上の事実関係の下において、果して原被告間に婚姻を継続し難い重大な事由があるか否かについて判断する。
原告が本訴において離婚の事由として挙示するもののうち、右の性行為の異常性を除くと、その余の事実関係は前段認定のとおりであつて、夫婦の性格の相違による不和、夫の家族との葛藤、経済生活上の不満等は、いずれも原被告夫婦の今後の努力、反省、協力によつて解決向上の可能性のある事柄であると考えられるから、前段認定の事実関係のみでは、必ずしも婚姻を継続し難い重大な事由があるものとは言うことが出来ない。
しかし乍ら、後段認定の如き被告の性生活における諸行動、殊に性交につき布団の上で原告に靴を穿かせる行為は、性感の増進を目的として一般に行わるべき性的技巧等とは異なり、相当異様な性交方法であつて、正常な性行為の範囲に属するものと言うことは出来ない。そして異常な性交方法であつても、それが相手方の完全な諒解の下に行われる場合は、当事者間においてその実施、継続が問題視せられるべき筋合はないが、本件の如く、相手方たる原告が、かかる性交方法を極度に忌避嫌悪しているにも拘らず、被告が何等これに対する緩和、誘導、馴致の労を払うことなく、相手方の意思を全く無視し、専ら自己の慾望満足のためにその行為を反覆強行し、その結果原告をして離婚のほかにその被害を回避すべき道なきものと決意せしめるに至つたとすれば、被告は矢張り、その結果が自己の恣意的異常行為に基くものとして、その帰責原因を負担すべきであり、かかる事態において、なお原告に当分の忍従を強いてみても、原被告間に将来性的和合に基く円満な結婚生活を期待することは、まことに不可能であると言わざるを得ない。元来汚い物品である靴を、寝室の布団の上で性行為の途中に穿かされると言うことから招来される堪え難い不潔感によつて、原告がひいて性交そのものについても甚だしい嫌悪感を抱くに至つたということは、若い女性としてまことに無理からぬところと言わねばならない。その結果として、結婚生活の基本となるべき性生活について、原被告間に右のような全く絶望的な不調和が存在する以上、原被告間の結婚生活は完全に破綻を来しているものと言うべく、その原因は前述の通り全く被告に在り、原告に離婚の途を閉ざしこれ以上陰欝と嫌悪にみちた生活の継続を強いることは甚だ苛酷であつて、是認することはできない。
従つて原被告間には、民法第七七〇条第一項第五号所定の婚姻を継続し難い重大な事由があるものと認め、被告に対して離婚を求める原告の本訴請求はこれを認容すべきである。
第二、物件の引渡請求について
被告が現に別紙物件目録記載の物件を占有していることは当事者間に争がなく、また原告本人訊問の結果によれば、右物件はいずれも原告が結婚に際して被告方へ持参した原告所有の物件であることが認められる。従つて原告の離婚請求を認容すべき以上、被告は右物件を所有者たる原告に返還すべき義務がある。
第三、結論
以上の理由により原告の本訴請求はすべて理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宮川種一郎 裁判官 奥村正策 山下巌)